棹飛び・伊崎寺

夏になると近江八幡市の大中の湖岸道路沿いで「スイカ」を売っています
何時も大中を通行するとき「スイカ」の看板を見ながら
昔の様子はどの様な風景だったのかと思いめぐらせていました

明治時代の地図を見ると 大中の湖は 愛知川の河口から
伊崎不動のある山丘に向けて延る砂洲にり琵琶湖と分かれており
安土山を岸にする小中の湖と西の湖 大中の湖に別れており
大中の湖は琵琶湖の一部と言ってよいほど開口しておりました
西国33ヵ所札所の長命寺がある姨耶(いきや)山系は
琵琶湖に浮かぶ島であつたそうです
昭和32年に大中の干拓事業が始まり昭和39年に陸地化して
湖は消えました
付近の町名を調べてみると東近江市栗見新田町などは昭和17年
伊崎寺のある近江八幡市白王町は昭和29年に町の名前がつけられており
明治以降徐々に湖面が陸地化していき
大中の干拓で完全に島が無くなったと思われます 

沖ノ島と伊崎
(栗見出存家町から 沖ノ島と伊崎山)

東近江市栗見出存家町から対岸を見ると
湖水の島で人が生活している日本で唯一の沖ノ島と
伊崎山(210.4m)の先端に「棹飛び」で有名な伊崎寺が見えます
伊崎寺には大中の湖岸道路から近江八幡国民休暇村に通じる道路に入り
直ぐに車一台が通れる農道を行くと伊崎寺駐車場に到着します

伊崎寺 2
(伊崎寺入口)

駐車場か徒歩で15~20分で伊崎寺に到達します
伊崎寺は伊崎耶山と号し天台宗の寺院で伊崎不動とも呼ばれています
江戸時代の「輿地志略」では伊崎不動堂と書かれています
開基は飛鳥~奈良時代の修験道の開祖 役小角(えんのおづの)で
その後 比叡山で千日回峰行を始めた相応和尚(そうおうかしょう)
(831~918年)の練行の地と伝えられています
相応和尚作の不動明王三体のうち伊崎寺本尊と残り二体が
葛川明王院(かつらがわみょうおういん)・無動寺の本尊と伝えられています

4伊崎寺 
(伊崎寺参道)

伊崎山は国有林となっており伊崎寺を経由してハイキングコースが
作られています
また カワウの生息地で被害もあり カワウと共存できる森も作られています

伊崎寺 1
(伊崎寺本堂)

伊崎寺縁起によれば 当寺を結願所とする回峰行が二とおりあり
洛叉峰と法華峰と称されていました
伊崎寺は天台比良修験道の影響のもと成立し 天台系山伏集団の
修行拠点であったと推定されています

住職は千日回峰行を行われた大行満大阿闍梨りが務められているそうです
また 庫裏の修繕がなされ資材は琵琶湖を船て運んでいるそうです

竿飛堂

伊崎寺には琵琶湖に長さ13m 湖面から高さ約7mの角材を突き出しています
毎年 8月1日にこの角材で「棹飛び」の行事が行われています
この行事の様子を「輿地志略」は「山の岸より船の帆柱の如く太く長さ
十間許の木を、根をよく掘込立て木の末は斜に湖中へつき出しあり、
参詣の者所望する事有れば、土人銭を貧りて此木を走り登り、
木の末より湖中へ飛込み水中をくぐりて遥かの脇に出づ」と書かれています
古くは修験道の捨身の行法であったと推察されます 

伊崎寺 3
(伊崎寺 山門)

伊崎寺の山門は琵琶湖に面して造られています
寺に参詣には船しか交通手段がなかつた証しです








 



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